補助金を学ぶ
2021/03/10
激動の2020年を「ものづくり補助金」でふりかえる(前編)
新サービスの開発や生産性向上に取り組む中小企業を支援する「ものづくり補助金」。2021年3月現在は5次締切分の採択結果待ちを残すのみとなりました。2020年の1月から現在まで続くコロナ禍で、ものづくり補助金も状況に応じて概要を都度変更。withコロナ時代においても、中小企業の生産性向上を後押しする内容に変わっています。そこで今回は、コロナ禍で激動の年となった2020年度を、ものづくり補助金の変更点と、4次締切分までの採択結果をもとに、中小企業診断士の寶積 昌彦(ほうずみ まさひこ)先生と一緒に前/後編に分けて振り返ります。
ノウハウの実践方法をまとめた
資料を無料ダウンロード
ものづくり補助金のコロナ禍への対応
今日は2020年度に注目された「ものづくり補助金」のトピックからこの1年を振り返りたいと思います!……という僕も、実はものづくり補助金で変わった点などはあまり知らないんです。先生、今日はいろいろ教えてください!
はい、よろしくお願いします。2020年は、ものづくり補助金をめぐる動向についても、激動の1年でしたからね。今日はしっかり勉強していってください。
1次締切分(3月31日締切分)の概要 ~3,600億円の予算規模~
まずは改めて、2020年の初めにスタートを切ったものづくり補助金の1次公募の概要から教えてもらえますか?
まずは公募開始までの経緯からお伝えしますね。国は、令和元年補正予算で「中小企業生産性革命推進事業」に対して、3,600億円の予算を付けました。中小企業生産性革命推進事業では、
●ものづくり補助金
●持続化補助金
●IT導入補助金
この3つの補助金を用意し、設備投資・販路開拓・IT導入の支援を打ち出しました。この予算をもとに、「ものづくり補助金」の公募が3月より開始されたんです。
2020年3月といえば、政府からのイベント自粛要請が出たりして先行きが見通しづらくなった時期でしたね。当時、そんな大きな予算規模から始まった補助金だったとは知りませんでした!
働き方改革などの制度変更に中小企業がスムーズに対応するためのサポートという目的でスタートしました。これ以降、コロナをめぐるビジネス状況の変化に応じて公募要領も変わっていったんです。
2次締切分(5月20日締切分)の概要 ~コロナ特別枠の創設~
4月に成立した令和2年度1次補正予算で、国はコロナ対策の予算を計上します。「生産性革命推進事業」に対し700億円の予算を付けました。
なるほど、さらに700億円が計上されたんですね。ものづくり補助金に関しては、変更はあったんですか?
新型コロナウイルスの影響を乗り越えるために前向きな投資を行う事業者に対して補助を行う「コロナ特別枠」が新設されました。この特別枠のポイントは、補助率のアップです。条件付きではありますが、中小企業の経営にとってはメリットの大きい変更でした。その概要は、次のとおりです。
補助率
[通常枠]中小企業 1/2、小規模企業者・小規模事業者 2/3
[特別枠]一律 2/3
要件
A:サプライチェーンの毀損への対応
B:非対面型ビジネスモデルへの転換
C:テレワーク環境の整備
上記の要件で補助対象経費の6分の1以上が合致する投資であること
この頃からは「3密の回避」が呼びかけられて、直接的な接触が避けられるようになりましたよね。テレワークや、会わずに仕事を進める非対面型ビジネスモデルへの転換が求められて、それに応じる形で要項が変わったんですね。
その通りです。顧客と会うことが難しくなって、実際に事業継続に苦しむ例が増えましたからね。補助金にも、変化に対応するための費用への補助が盛り込まれたんです。さらに3次締切分の公募に、その傾向がより色濃く反映されました。
3次締切分(8月3日締切分)の概要 ~事業再開枠の創設~
6月に成立した令和2年度2次補正予算で、「中小企業生産性革命推進事業」に対して1,000憶円の予算が付いて、ものづくり補助金の要綱には次の変更が盛り込まれました。
- ①「特別枠」のB及びC類型の補助率 2/3 → 3/4
- ②「事業再開枠」の新設 一律50万円
この変更で、補助金の幅はどのように広がったんですか?
①は、「非対面型ビジネスモデルへの転換」「テレワーク環境の整備」への投資をより後押しする変更です。属人的なビジネスやワークフローを改善して生産性を向上しましょうというメッセージと受け取れますね。
②は、感染防止対策の取組にかかった費用を上乗せできる別枠として新設されました。企業が追加費用を補填できる仕組みです。どちらも、2次締切分のコロナ対応の強化版と言えますね。
この時期からは、いわゆる「ニューノーマル」と呼ばれる新しい生活様式や商習慣が定着しつつありましたからね。企業活動の転換に必要な費用への補助が手厚くなったということですね。
4次締切分(12月18日締切分)の概要
その次の募集の4次締切分では、3次締切分から変わった点はあったんですか?
大きな変更はありませんでした。ただ、次の5次締切分では「コロナ特別枠」「事業再開枠」はなくなっているので、注意しましょう。
ものづくり補助金がスタートした頃から今までの約1年で、印刷業もダメージを受けましたよね。印刷物は人が直接会うシーンで使うツールとして活用されてきましたから、対面での経済活動が制限されたことが大きく影響しました。
2020年は、印刷物に関係するさまざまな企業が苦しみましたよね。そんな中で、こういった補助金が、逆風の中で新しい一歩を踏み出したり、業態の改革を図ったりというチャレンジの足掛かりとして活用されてきたわけです。
データでみる2020年のものづくり補助金
コロナによる影響もふまえて、ものづくり補助金の制度が変化してきたことはわかりました。となると実際に、ものづくり補助金がどのくらい活用されたのか気になります。
そうですよね。ものづくり補助金の実績を、データをもとに振り返っていきましょう。
ものづくり補助金の申請数と採択率の変化
ものづくり補助金は、これまでどれくらい申請されて、何件採択されてきたんですか?
1次締切分から4次締切分までの申請数と、採択結果はこの表のとおりです。
回を追うごとに申請数が伸びていますね。この変化は、緊急事態宣言などの社会の状況も影響しているんですか?
はい、影響しています。1次公募の締切が3月31日で、2次公募の締切が5月20日。この間、4月7日に7都道府県に緊急事態宣言が発令されて、4月16日には全国に拡大しています。2次公募の申請数が1次公募に比べて2倍以上に増加しているのは、新型コロナの影響が中小事業者の経営にダメージを与えつつあったことが表れていますね。
なるほど。2次公募の内容に変更があったことも、申請数が増えた要因でしょうか?
2次公募から「コロナ特別枠」が新設されたことで、事業者の補助金活用意識が高まったことも影響していると思います。3次公募の申請者数もさらに増加していますが、申請締切の8月3日が、いわゆる「第2波」がピークだったことを考えると、3次公募の増加もコロナの影響が大きいと言えます。
「各公募締切日と感染者数相関イメージ図
※感染者数は実際の東京都の数値を元にした目安です」
夏にはコロナ問題が長期化の様相を見せてきましたからね。申請数の変化には、事業者が本格的な対策を迫られている様子がうかがえますね。
一方で、注目したいのが採択率の推移です。この表を見てください。
- 注)2次公募の通枠枠採択者数は 特別枠申請→通常枠 の採択者488者含む
- 注)3次公募の通常枠採択者数は 特別枠申請→通常枠 の採択者1,072者含む
1次公募では62.5%あった採択率が、3次公募では38.1%まで下がっています。特に特別枠においては、申請数が2次→3次公募で増加しているものの、採択率は53.4%→23.6%と大幅に落ち込んでいるんです。
申請する事業者が増えて、競争率が上がってしまったんですね。これでは結局、本当にサポートを必要としている事業者に補助金が届いていたのか、わからないですね……。
ただ、注釈にあるように、特別枠で申請したものの通常枠で採択された事業者は488者→1,072者に増えています。こちらは通常枠の採択数としてカウントされていますが、この数字からは、経営レベルでコロナ対応を行おうとしている事業者に対しては採択の優先度が上がっていることがわかります。
なるほど!とはいえ、全体的に採択率が低下しているのは確かですよね。なぜここまで下がってしまっているんでしょうか?
採択率の低下が、予算配分によるものなのか、申請内容に対する結果なのかは分かりませんが、個人的見解として、申請内容が審査項目に合致せず、採択の水準に満たない申請者が増加したのではないかとも考えています。そのため、2月中旬の4次公募の採択結果も3次公募と同レベルの採択率になるのではないかと予想していますね。
採択結果は、申請の際に提出する事業計画書が基準になるわけですからね。補助を受けるには、しっかりとした事業計画と見通しが必要だと改めてわかりました。とはいえ、ものづくりは日本経済の根幹ですから、必要としている事業者に適切に届くよう期待したいです!
そうですね。補助金は、コロナ禍での企業の経営環境改善のため、そして経済を停滞させないためにも今まさに必要な施策です。私も、政府にはさらなる対応の充実を期待しています。
ものづくり補助金の採択実績から探る印刷業の動向
印刷業界で働く僕としては、ものづくり補助金が、印刷関連業でどれくらい活用されているのかも気になります。
それも、データを見るとわかりますよ。「ものづくり補助金総合サイト 」の採択結果をもとに独自集計したデータから、採択結果に占める印刷関連設備の内訳を見ていきましょう。
- ※株式会社GIMSによる独自集計
設備によっても、採択数にこれだけ違いがあるんですね。このデータからは、どんなことが読み取れますか?
採択数全体の推移を見ると、43件→68件→86件と増加しています。すべての採択数における占有率は2次採択で低くなっていますが、他は3%で横ばいと言えますね。
1次採択では製本機などの設備が多いですが、2次、3次採択では、デジタル化や省人化と親和性の高いIJ・PODの分野での採択が多いのも面白いですね。
いいところに目をつけましたね。「IJ・POD」が6件→18件→16件と推移し、印刷関連設備の中では最大のシェアを占めています。「システム」も、横ばいで推移しつつ、全体で3番目のシェアです。「CTP・RIP」も増えていますので、ものづくり補助金の後期になるにつれて、デジタル系の設備投資が積極的に行われていると言えます。
印刷の後加工を担う「紙器・抜き機等」も回を追うごとに数が増えていますね。
印刷機・製本機はおおむね横ばいですが、印刷の後加工を担う「紙器・抜き機等」が増えているのは、付加価値の高い設備へのニーズが高まった結果と言えますね。ものづくり補助金の採択を受けるためには、補助金の性質上「革新性」や「生産性の向上」が求められますが、それと同時に、工場の賃上げや付加価値額の増加を達成する必要もあるんです。
サービスや製品に付加価値を与える設備や、生産性や従業員の働きやすさを向上する投資がより評価されるんですね。今後は、製造業や印刷業にあるべき新しい工場像を見据えた投資が必要ということですか?
その通りです。印刷業では、どうしても属人的な工程が残る会社さんもいますよね。ただ、最近はコロナの影響もあって、デジタル庁の創設やテレワーク推進、また5G通信網の構築も進み、社会情勢は急速にIT化やデジタル化に舵を切っています。これを社会のニーズととらえて、自社が受け継いできた技術を継承しつつも、サービスや工程のIT化・デジタル化に踏み切ることも大切です。それを実現する設備のニーズは、今後も高まっていくでしょう。
ここまで、2020年の「ものづくり補助金」をコロナ禍の状況と、それに伴う補助金対応の変化を中心にお話を伺いました。 しかし「ものづくり補助金」は予算枠が限られるため、希望した全ての事業者が採択に至ったわけではありません。採択をされた事業者と、残念ながら採択されなかった事業者…そこにはどんな違いがあったのでしょうか? 寶積先生は、明確な「最重要ポイント」を指摘されました。
後編では、その「最重要ポイント」を伺い、新しい一歩を踏み出すためにはどうするべきかを伺っていきます。
株式会社GIMS
中小企業診断士
印刷業界専門コンサルタント
寶積 昌彦 様
立命館大学卒業後、ハマダ印刷機械株式会社入社。
各種印刷機、CTP等関連機器等多岐にわたる機械の営業担当を経て、営業管理・推進業務を担当。市場調査や製品開発企画とプロモーション、仕入商品・部材の調達管理や販売・製造台数の予測などの業務に従事。
その後、グラビア印刷会社の朋和産業株式会社に入社し、大手コンビニエンスチェーン、大手カフェチェーンの軟包材の営業を担当後、中小企業診断士として独立。独立後は公的機関の委嘱による中小企業支援を行う傍ら、印刷業界専門のコンサルティングを行う株式会社GIMSにも参画し印刷・製本会社の経営支援に従事している。